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ランドナーに乗って Ⅲ

自転車そして旅… のはずが、全然乗ってねぇ!!

開き直って 

なんというか、最近 いつにも増して
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category: 人生論

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背中を押され始めました。 

今日は仕事に燃えました。

朝の6:00から21:00まで15時間。昼飯の時間もカロリーメートを片手にパソコンに向かい、一日中 クルマに向かいました。これだけやってもNo 残業デイなので、勤怠の半分弱はサービス残業です。7時間のサービス残業。+2時間ぐらいやって 夜11時にでも帰ろうかと思ったが、明日も朝の6時から夜9時まで仕事だから燃えたぎる気持ちを抑えて帰った。

今日もさすがに、ため息や 「あーあ もうダメだ」という言葉が止まらない俺ですが、心と体にムチを打って仕事に燃えました。

現実に戻って、俺の栃木での今後の暮らしをどうするかを考えると解がありません。今さら違うショップに自転車を買ったわけでもないのに行けるわけでもなく、あの店員さん以外に俺のランドナーみたいなマイナーなチャリまで面倒見てもらえそうな技術を持った人もいません。だからといっておめおめと店には行けないです。今 発注しているランドナーのホイールとBBが届いたら頭を下げて謝って店やみんなの前から去ることだけは決定事項だ。

あの記事に込められた俺の本当の気持ちを読んでも、何とも思わない何も感じられない彼女に友達としての愛想も尽きました。そんな俺は 汚いヤツだ 小さいヤツだ 俺自身でもそう思う。弱くて汚くて小さい俺は そうやって自分の心を整理するしか 今はできない。もともと大きな人間でもないし強くもないし 肝心なところでヘマするだけの 中途半端な優しさしかないかっこわるい冴えない男だ。

人は弱いところを見せる相手がいるから、あるところでは強い自分で居られるのではないだろうか。俺は弱っている彼女の前では強く居たかった。俺に頼ってくれたのに不安にさせるわけに行かないからだ。でも、BLOGで弱い自分を表現できたから、あの場では強くなれたのだと思う。弱い自分を表現できるから、あれだけ強気で相談に乗って背中を押してあげられたのだと思う。だが、その裏に存在する弱い自分を表現し尽くしているブログを偶然見つけてしまったら、それは俺に失望するのは当たり前だ。たらればではあるがBLOGを見つけられてしまう不運な偶然が無ければ 最後までできたか分からないが、もっと強い自分を演じ切れたかもしれない。最後までばれなければ もしかしたら幸福な結末に導けたかもしれない。

こういう文章や文字に残らない世界で、俺にとって弱いところを見せれる場所や相手ってどこにいるのだろう。今の俺は親にすら見せれない。心配をかけたくないからだ。俺の人生は親の転勤に着いていくので別れと出会いは多かった。愛知で生まれて和歌山、広島、埼玉、静岡、福岡(実家)と来て、大学に入って実家を出て静岡、浜松と来て、会社に入り熊本、福岡、栃木と来た。そして、栃木は連続在住期間としては史上最長とも言える6年が過ぎた。小学生の頃などはともかく、中学以降に住んだ場所にはいずれも親友の存在がある。中学時代に住んだ静岡、未だに時々 連絡を取る友達もいる。嫌いで嫌いで仕方なくて出た福岡にすら親友と呼べる男もいれば、その嫁さんとも心底うち解けている。大学時代だって親友と呼べる友は4人、今でも近くに行けば飲みに行くこともある友達は何人もいる。そういう人生だったからか、どこに行っても それなりに 心の通う友達は作れていた。そういう自信はあった。ここに挙げた友達のためなら涙も流せる。弱いところも全て見せれる。良いことがあれば徹夜でそこに向かって祝うこともできる。この俺の心の奥底からわき出る感情を表すブログの場所を教えることすら何の抵抗もない。

しかし、今 俺が住む 栃木、会社には親友と呼べる友は一人たりともいない。俺が弱さや苦しさを見せることのできる友達はいない。会社では弱いところを見せたら負けと思っているし、闘う場所だと思っている。そんなストレス社会に耐える俺を癒す場であった店のサイクリングクラブですら、4年も在籍したが親友と思っている友はいない。ブログに訪れる皆さん以上に俺を理解してくれる友達はいない。

そんな栃木に、そんな今の会社にしがみついて生きる必要がどこにあるのだろう?
いっそ 出て行ってしまった方が幸せではないだろうか?

失意のどん底にいる今の俺の感情は発作的ではある。それは否定しない。しかし、俺の中にもやもやしていた栃木で暮らして面白みも感じない もどかしさがわき出してきた。転職という言葉を口にし始めて3年以上が経つが、30歳を過ぎても未だに踏ん切りは付かなかった。しかし、今 栃木にしがみついていても幸せが無さそうだと気付いた俺が行く場所、それは手っ取り早くなら静岡かもしれない、どこかほかの場所かもしれない。
ちなみに静岡(浜松)になら転職を検討してる気になる自動車メーカーがある。今、日本で最も元気と言っても過言ではないかもしれない。ただ、10年先を見据えた将来が本当にあるのかが少し心配なだけだ。脱・栃木を目指して転職を検討する時期に来ているかもしれない。
俺が鬱病寸前の どん底から一人で育てた 今 受け持っているプロジェクトを来年までに成功に導けば、必ず次の会社に自分を売り込める。会社の期待度は大きい。役員ですら このプロジェクトに一目を置いているし、名前を覚えている。仕事にだけは自信を持っている。この会社に横たわる多くの悪しき習慣や大企業病、お客様のため… からほど遠い悪しき伝統、俺が気に入らないと思っているものは全てたたき壊して、俺が思うものを作り上げつつある。そのためなら、人に頭も下げれば鬼にもなった。お膳立ては既に整った。あとは俺がゴールに向かって突っ走れば、きっとモノになる。ここから先は、俺の大胆さよりは、どちらかというと苦手な緻密さが求められるところではあるが・・・(苦笑)。こんな大きい会社ですら俺一人の存在で変われる。そんな大きな変化を起こした俺を売り込めば どこのメーカーも俺を欲しがるだろう。

思えば俺という男、失意の出来事から わずか二日。発想が発作的であることは否定しないが、ここまで強いものがみなぎるようになった。そこに成長も感じる。新しいフィールドを栃木以外に求めれば、こんな汚れてもつれた しがらみなんか捨てれる。将来性があるように思えない今の会社なんて捨てれる。あと何年住んでも幸福があるとも思えない今の街を捨てれる。帰る場所という言い方なら俺にとっては静岡かもしれない。中学時代、大学時代と通算で9年住んだ場所、今でも好きでよく通う。住めば短い期間で心が通じる友達も居れば、未だに仲良くしている自転車屋だってある。自転車という枠で見ても、栃木でできて静岡でできないことなど俺には見つからない。

もともと俺の人生に計画なんてほとんどないまま、ここまで来た。
当時の俺の頭のレベルで入れるだけの高校に入り、福岡から出たいという理由で九州から遠い場所を選んだ。寒いところも嫌だし、東京じゃ物価も何もかもが高いし… 結局、九州から出ることを反対する俺の親との賭けで「九州を出るなら国公立以外は認めん!」 と言われて 俺が選んだ地は静岡。チャレンジする価値はあったが関西の私立大学や都内の私立大学などは一切受験しなかった。これも大逆転で合格を決めて、受かっていた九州の私立大学は全て蹴った。今の会社も「就職先を決めろ」と言われて「えー! もう決めるの〜?」ということで俺より明らかに成績のいい人と競合しないように、情報を集めて選んで あとは愛社精神がありそうなストーリーと自分を会社に売り込む資料を作り上げて 受けただけだ。面接の間、自転車の話しかしなかった俺だが、そのまま受かって今の会社にいる。
だったら この先の人生だって無計画に感情で決めてしまえばいい。その場での野生の勘こそが道を造り出すだろう。

そんなしがない栃木 宇都宮の街で起こった出来事は俺の背中を押し始めたような気がする。何度も言うが 発作的な発想であることは否定しないが、そこに向かって頑張ってみるのも、いっそ解かもしれない。

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汚れか衰えか 

馬鹿がつくほど正直な俺でしたが、最近は平気で嘘を付けるようになってきました。ただ、飲み会も嘘でも早く理由を付けて欠席を決断しないと、俺を避けてるだろうメンバーが決断できないですからね。
俺の飲み会の出欠の決断の早さは 周りがドン引きするほどです。何しろ ひどいときなんて日程を聞く前に 「行きません」 って答えちゃってますからね。それでもちょくちょくと懲りずに誘ってくる人もいるわけで、ほんと不思議なものです。懲りずに「行きません」と即答で断るわけですが…。
まあ、嘘でも理由を言うようになっただけ大人になったというか。一方では、俺自身の心が汚れてきたというか、正論で相手を説得するのが面倒になってきたので嘘でごまかすようになったというか…。

突然の集団自転車活動休止の宣言、ブログ閉鎖から1週間。反響が徐々に大きくなってきましたし、いろいろと探りが入るようになってきました。ただ、いちいち弁明する気力はないですね。嘘を突き通すのも面倒だし、本当のことを言っては交わし続けるのもきついですし、とりあえずは、どうすることもできず無視を決め込んでます。

ま、突然 「距離を置く」と何の前触れも無く宣言してブログを閉鎖すれば誰でも驚くだろうけど、そのうち俺という存在も徐々に忘れられて平穏な暮らしが戻るだろうと思いますが…。

よほど気の置けない相手でない限り、一定以下(友達レベル)の距離では人間関係を維持できない これは 俺の最大の人格的欠陥かもしれませんね。

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一喜一憂し、二喜二憂しない。 

できれば こうありたいと思う姿です。一喜一憂することが悪のように言われることがありますが、それは必要と思う。上手くいったことは、振り返って喜んで自信を付けたり弾みを付けたり、次へ繋がるように何が良かったのか理解する。失敗したこと、一度は思いっきり泣いてみてもいいじゃないか、一回は心の底から考え直して反省してもいいじゃないか。
でも、喜びをいつまでも喜んで調子に乗って気を抜くと、思わぬ罠にはまってしまう。失敗をいつまでも悩んでいると前に進めないし、最悪は自己嫌悪のどん底には待って抜け出せなくなる。

今の俺がすべきこと。それは、調子が良い今こそ自分を律して、きちんと真っ直ぐと地面を踏みしめて歩くこと。決して楽ではないGWの旅へ向けて気を引き締めることが大事だと俺は思う。

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なぜなぜ分析 

読めもしない人の心を深読みしすぎて発散することで強い被害妄想となり その相手にとって または この世の中にとって自分を必要のない存在 ひいては 存在してはいけない者と感じてしまう、よかれと思ってしてきたことが人に負担をかけている。そのワンパターンな懲りないスパイラルから抜け出すためのブレークスルーがないと暴走して何でもしてしまう。

今年は 本当に いろんな場所において人間関係に苦戦している年である。それは、上に対しても下に対しても外に対しても 人事的な面でも技術的な面においても仕事で、リアルワールドな私事で、ネット上な私事で、業務上利害のない同僚で…。人間関係のストレスというのは 最も人の心を蝕むものだ。

今年(ていうか今まで全て)の自分というものを振り返ると 何かが足りない、何か間違っている そうとしか思えないのである。一言 俺の人格に欠陥があるから と言い切れば それで終わりだが、その中から致命的な短所を見つけ出さない限り この一生続くかと思われるスパイラルから抜け出すことは無いだろう。

一度 頭を整理するプロセスが必要と思う。そこでエンジニアとしてやっているプロセスというのが応用できないかと考えている。製品の不具合やトラブルが発生すると発生事象からその一番の理由?を抽出する、理由?が発生してしまった一番の理由?を抽出する、その理由?が発生してしまった一番の理由?…という風に順々に追求して、しつくしたところにある 真の理由と それに対して修正をするというものだ。あれかなー これかなー もしかて これかなー などと発散して 真の原因を直せないことを防ぐために有効なプロセスと言われている。

自分で使いこなせそうな思考プロセスで 自分の人格や人生というものを根詰めない程度に振り返ってみよう。

しかし、その先は まだ 何もできていない。これは 長くかかるかもしれないことだ。無理せず やってみることだろう。行き当たりばったりで生きてきた今まで 最も足りないのは 自分の人格を振り返るという行為なのかもしれない。

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来る者拒まず 去る者追わず 

まあ あれですが、
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優しさ 

優しさは 必要な人に、必要な相手から、必要なときに、必要なだけ。それを外れると ただのありがた迷惑となり人を傷つける。
そんな気持ちや性格を捨てて冷たい人間になれば、もっと楽に生きられるかもしれない、人を傷つけずにすむかもしれない。しかし それを捨てたら何も残らない俺だから 捨てる勇気がなくて捨てられず 不要な優しさで人を傷つける。

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汚い話。 

苦節1週間 やっと風邪が治りました。

大嫌いな 派遣社員(妊婦29歳)の送別会が本日 行われる予定でした。もちろん 俺は欠席で、余裕ぶっこいて ただ一人 残業予定でした。しかし、ひょんな事情で送別会は中止になってしまったのです。

その中止になった事情というのは、うちの会社というのは 「タイヤがあって走るもの」の開発部署なのですが、昨日 テストライダーがテスト中のコースで事故が発生して、亡くなられてしまったのです。全社的に 歓送迎会を含めて宴会の自粛令が流れたのです。ということで送別会は中止です。

ある意味 危険をかえりみず 命がけ(…では本当はいけないのですが)で仕事をして、良い製品を世に送り出そうとしている人達だし、製品を極限までテストで追い込んで不具合を見つけ出す 弱点を見つけだして 少しでも良い物 少しでも信頼性の高い製品にしていこうとして頑張っている そういうテストドライバーには私自身も数え切れないほどの感謝があります。顔も名前も知らないドライバーですがテスト中の事故というのは 本当に心の痛むできごとです。

しかしながら、心の底から嫌いな人間の送別会が延期(実質 中止)となったこをを 正直 少し嬉しくなってしまう自分が居るのです。正直 心のどこかで「送別会中止でざまーみろ 日頃の行いが悪いからだ」と思ってしまう自分が居るのです。事情が事情だけに絶対に 少しも かけらも 喜んではいけない話なのは分かっているのですが 気持ちがそうなってしまうのです。一生懸命 そんなモヤモヤを振り払いたくても 頭をよぎるのです。

やはり 人を心から嫌うということで その裏というか奥底に こういう情けなくて汚くて弱くて悪い精神がどこかに宿ってしまいます。そんな自分が心から嫌いになってしまいます。だからといって 彼女を許すことはできませんが、気をつけないといけませんね。人を嫌わないこと または 嫌いになってもそういう気持ちが起こらない人間にならないといけませんね。やっぱり まだまだ 器の小さい人間ですね。

懺悔の意味もこめて 記事にしてみました。

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ハッキリせい。 

なんつーか ハッキリしないよな。現代っこ。

もう2週間前だというので どうやって3/11の神戸結婚式に行くかを検討しようと思って、本人兼幹事に誰が行きそうか聞いてみたら、俺以外の回答はないと。欠席なのか出席なのかすら分からないと。正直 ひいた。あきれた。

結婚式の参加可否とか 遊びに行く行かない ぐらい 自分で決めて さっさと回答しろよって言いたくなる。何でそれぐらいのこともできないのかな。仕事が回って無くて間に合わないとかなら仕方ないとこもあるが、どうするか どうしたいか回答するだけだろうに。

ほんと関東人というか この会社の人間どもとは考え方が合わんね。
そもそも 人間って そういうもんですか?
まったくもう三十路寸前のじじいばっかでガキじゃあるまいし…。
( ̄。 ̄;)ブツブツ

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負のモチベーション 

俺は怒りとか悔しさとか反発心とか不満とか そういう負(マイナス)のモチベーションにしか生きられない運命かもな…。
ま、そういう行き方もアリだろうけど 決して人は付いてこないだろうな。

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一日一笑 

「もめ事があって今日は1回も笑ってない」というメールを見て 俺自身「ハッ」とした。最近の俺は 一日一回も笑ってるかな…。仕事のための作り笑いや テンションをあげるための作り笑顔…ばかり つまり偽りの業務スマイルしかないな。
「一日一笑」一日一回は笑う そして 一日一回は誰かを笑わせる または一日一回誰かと笑って話せる。そんな男になりたいね。

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